この記事でわかること•お母さんがいない理由
•こいのぼりの歌詞の意味
•後付けの2.3番の歌詞
•こいのぼりの作詞者の歴史
お母さんがいないのは時代のせい
•こいのぼりの歌詞
•鯉が表す意味の今昔
•変化した鯉の意味
こいのぼりの歌詞
やねより たかい こいのぼり
おおきい まごいは おとうさん
ちいさい ひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる
(作詞:近藤宮子 作曲:不詳)


【昔】鯉=父子だった
この歌が作られたのは昭和6年。
この頃、鯉のぼりの鯉が意味するもの=“父と子”でした。
そのためこの歌にもお母さんが登場しないのです。

●鯉にお母さんが含まれない理由
→男尊女卑
→男の子のための行事だからお母さんも女の子もいない(子ども=男の子のみという考え方)
→子供の日=母親に感謝する日でもあるから、お母さんは休憩してて一緒の泳いでいな
など
昔は男女の区別をくっきりつけていることが原因でしょう。
【今】鯉=家族になった
現在鯉のぼりの鯉が表すのは【家族】になりました。
すると、だんだんこいのぼりの歌にお母さんがいない事に違和感を感じるようになりました。
その結果鯉のぼり自体の変化に合わせて、こいのぼりの歌詞も変化。
後からお母さんも含む2番の歌詞も登場したのです。
差別や仲間外れがよくないと言われるような時代が、こいのぼりにも反映されているようです。
→こいのぼりの歌詞には2番や3番がある|色んなバージョンを紹介
「屋根より高い」から始まるこいのぼりには別の作者による後付けの2番、3番があります。
この2番、3番の歌詞はたくさん。
人によって知っている歌詞が違うなんてこともよくあるのです。
こいのぼりの歌詞の意味
•歌詞全体の意味
•【まごい、ひごい】の意味
仲良く泳ぐ父子を表現
こいのぼりの歌詞は親子で仲良く泳ぐ姿を歌っています。
昔から5月5日頃には空にたくさんの鯉のぼりが泳ぐのが日本の風物詩でした。
その光景を歌ったのが「屋根より高い」から始まるこいのぼりです。

まごい=黒い鯉
【まごい=真鯉】は黒っぽい色をした鯉のこと。
よく見るこいのぼりの中の1番上の黒い鯉です。
この歌詞の通り、現代のこいのぼりの一番上の大きな黒い「まごい」はお父さんを表しています。
●昔の鯉=みんな黒
鯉=綺麗な色のものを思い浮かべがち。
しかし、色鮮やかな鯉が出現したのは江戸時代(1800年頃)。
それまで鯉はみんな黒でした。
ひごい=赤い鯉
【ひごい=緋鯉】は赤の鯉のことです。
※緋色=赤と橙を合わせたような色
よく見るこいのぼりの中の2番目の赤い鯉です。
現代では赤い鯉=お母さんを意味しますが、この歌の中では子どもたちを表しています。
【ひごい=色付きの鯉】は間違いです。
「こども“たち”」という歌詞から、「ひごい=色付きの鯉みんな」と言われることがあります。
しかし、緋鯉はあくまで赤の鯉。
歌が作られた当時、鯉のぼりの鯉=黒と赤だけでした。


こいのぼりの作詞者の歴史
ここでわかること•作詞者について
•作詞者不詳になった経緯
•嘘の作詞者が名乗り出る事件
•本物の作詞者が認定されるまで
作詞者=近藤宮子
「屋根より高い」から始まるこいのぼりの作詞者=近藤宮子さん。
1931(昭和6)年に幼稚園唱歌の研究をしていた父の依頼により作詞しました。
この依頼があった時、彼女は1ヶ月という短い間に10曲を作詞。
全てが正式な童謡として採用されました。
10曲の中に「こいのぼり」の他に「チューリップ」も含まれています。
作詞者が不詳に
当初ははっきりしていた作詞者。
作詞者不詳になったのは満州事変が起こるなど、日本が不安定な状態だったから。
●作詞者不詳の経緯
・日本が混乱している中「革命的な思想を持っている」とされる人は非難の対象に。
→【多くの文化人=革命的な思想を持っている】と考えられた。
→この頃作られた歌は国に意図的に“作者不詳”にされてしまった。
→こいのぼりなど、近藤宮子さんが作詞した歌も全て“作者不詳”で発表。
戦後、日本音楽著作権協会は作者不詳にされた作品の作者に名乗り出るよう呼びかけました。
しかし近藤宮子さんは「歌いつがれていくならよし」とし、名乗らずに過ごしたのです。
嘘の作詞者が発表される
作者不詳の歌の著作料は日本教育音楽協会に渡っていました。
こいのぼりなどの近藤宮子さん作詞の歌の著作権料は年間400万円。
1981(昭和56)年に著作権が切れるとこの大きな収入がなくなってしまいます。
焦った日本教育音楽協会は元会長(小出浩平)が作詞者であると嘘を発表したのです。
豆知識1970年頃、記者をしていた近藤宮子さんの長男により「こいのぼりの作詞者は実は母だ」という記事が出され注目されました。
著作権が切れる数年前から協会はハラハラ。
近藤宮子が作詞者と認定
1983年に協会の嘘を知った近藤宮子さん。
「嘘はいけない」と裁判を起こしました。
1993年、長い裁判の末、こいのぼりやチューリップなど全6曲が近藤宮子さんの作詞であるとして認められたのです。
この時近藤宮子さんは86歳。
24歳でこいのぼりを作詞してから、60年以上も経ってやっと正式な作詞者として発表されたことになります。
1931年に作詞、その後1970年に息子さんが「お母さんが作詞した」と言うまでの40年間は純粋に作者不詳の状態。
この間にこいのぼりには2.3番の「替え歌」が作られたのです。

鯉のぼりの鯉の意味は変わった
•お母さんが出て来ないのは当時のこいのぼりの意味の違いから
•こいのぼりの歌詞の意味は仲良く泳ぐ父子を描いている
•まごい(真鯉)=黒い鯉のことで、歌詞の中では「お父さん」
•ひごい(緋鯉)=赤い鯉のことで、歌詞の中では「子どもたち」
•こいのぼりには2,3番が後から付け足された
→詳しくはこちらの記事で
•こいのぼりの作詞者の歴史は複雑
こいのぼりの歌は親子が仲良く泳いでいる姿を描いています。
歌詞になんとなく違和感を感じるのは、こいのぼりの鯉の色・意味するものが時代によって変化しているから。
当時のこいのぼりと今のこいのぼりの違いをすると「なるほど」となりますよね。